しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2011年5月23日月曜日

モレノ#3:「スーツと聖書」

教会月報『モレノ』(Monthly Report of the church of the Nazarene in Oyama)に掲載した原稿をアップします。

                               

スーツと聖書』(教会月報「モレノ」2011年6月号掲載)

【慌ただしい連休】
今年のゴールデンウィークは、まさかの11連休でした。勉強に時間を割ける!と喜んでいたのですが、急遽葬儀の予定が入ったり、墓前礼拝、帰省、結婚披露パーティに出席するなど、慌ただしい連休になってしまいました。そのため、思うように勉強を進めることが出来なかったのはとても残念だったのですが、とても感謝な出来事がありました。

【破れたスーツ】
5/5(木)、KGKの主事の結婚披露宴パーティに出席し、その帰りに僕は階段を一段踏み外して転んでしまいました。怪我はなかったのですが、スーツのズボンが破けてしまいました。奉仕教会の三軒茶屋教会には毎週スーツで行っているので、急いで何とかする必要があり、予想外の出費と自分の失態に落ち込みながらスーツを買いに、翌日、賑やかな渋谷の街へと僕は出ていきました。
ズボンを修繕、もしくは新調できたらよかったのですが、店員さんに聞いてみたところ、スーツ一式新調する方がコスト的に良いことがわかったので、スーツを新調することになりました。

【備えられていたもの】
神学生になってから、僕はスーツで出掛ける機会が増えたのですが、どのように着こなせばいいのか(主にネクタイ、シャツの組み合わせが)を考えながら毎回スーツを着ていました。折角の機会なので、今回、店員さんに色々聞きながらスーツを選びました。
そのときした質問のひとつが、「僕は今学生で、キリスト教会の牧師になる勉強をしているのですが、日曜日に教会へ行く際、どのようなスーツがいいでしょうか?」という無茶な質問だったのですが、店員さんは真剣に考えてくださると共に、「実は、高校生のときキリスト教系の学校に行っていたんです」と教えてくれました。スーツを選びながら話をしていく中で「実は旧約聖書が好きだったんですけど、卒業するとき聖書を捨ててしまって、今は後悔しているんです」と店員さんは教えて下さり、翌日スーツを受け取りに行くとき、聖書をプレゼントする約束をしました。
どうにか翌日のスーツ受け取りまでに新品の聖書(新旧両約)が手に入らないかと、その日に会った人たちに聞いてみたところ、感謝なことにKGK(キリスト者学生会)の事務所で新改訳聖書第三版を無料で頂くことができました。
そして、翌日、三軒茶屋教会の案内(石川先生がわざわざ作ってくださいました!)を挟んだ聖書を店員さんに渡すことができました。すべてのことが、この店員さんに聖書を届ける働きに繋がっていたのだと気付かされました。
今回、まさかこのようにしてスーツの破れ目が、人と神とをつなぐ事につながるとは思いもしませんでした。「スーツを選ぶことにおいても、神の栄光を現す」ということなのでしょう。直接福音を語ることが許されたわけではありません。今の僕に見えることのみでいうならば、結果として与えられている事は、聖書と教会案内を渡したことのみです。きっと、それすらも神様がスーツの新調を通して用意していた事なのでしょう。すべてのことが備えられていました。聖書を渡すだけに終わらず、この店員さんがいつか教会に足を運ぶ機会が与えられることを心から願い、祈るばかりです。

【渋谷という街に遣わされて】
渋谷の街を歩いていると、この街ですれ違う多くの人々に福音を届けるのはとても困難に感じます。渋谷という街で地域宣教するということの難しさを感じずにはいられません。しかし、今回、地域宣教について深く考えさせられました。街で出会う人々との交わりを通して福音を宣べ伝える。それはどのような場所に置かれても、変わらずに僕らに求められているのでしょう。
だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。(Ⅰコリント10:31)