しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2012年11月18日日曜日

モレノ#19:「帰りたい場所」


教会月報『モレノ』(Monthly Report of the church of the Nazarene in Oyama)に掲載した原稿をアップします。

                               

帰りたい場所』(教会月報「モレノ」2012年12月号掲載)

【引越しました】
先月、無事に引越しを終えて、新生活が始まりました。必要な家具が与えられたり、食事の差し入れがあったりするなど、本当に多くの方に支えられて今の生活が許されていると改めて実感させられています。多くの方の献金と祈りがあってこそ、今の僕の神学生としての生活が守られていることを忘れずに、残りの日々も過ごしていきたいと思います。

【帰りたい場所】
今年度は住まいを転々としているため、自分は地上を旅する神の民なのだなと強く思わされています。そんな中、帰りたい場所が多くあるなと気付かされています。実家、小山教会、先月まで一緒に暮らした友人たちのいるDH(ダニエル・ハウス)、昨年奉仕した三軒茶屋教会など、帰りたい場所は多くあります。帰りたいと思っていても、なかなか帰れない場所もあります。様々な理由によって、帰ることが許されない場所だってあります。ここ数年、そのような帰りたい場所が増えるにつれて、ヘブライ11章の言葉が僕の内に強く響いています。
もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。 (ヘブライ人への手紙11:15〜16)
帰りたいと願っている場所を思う度、それよりも更にまさった故郷である天の故郷を望み見ることがどのようなことかを考えさせられています。

【祈り、送り出してくれる交わり】
僕にとって、帰りたい場所のひとつが奥多摩という場所です。小学生の頃から、ここで行われていた超教派のキャンプに参加してきたことを通して、信仰が養われてきました。多くの友人達も与えられてきました。第二の故郷とも呼べる場所です。
9月に奥多摩バイブルシャレーで、ナザレン神学校のリトリートを行った時、帰るときにキャンプ場のスタッフをしている宣教師の方に声を掛けられました。
「兄弟。祈祷課題を教えてください。兄弟のために祈りたい。」
神学生としての学びの期間も残り半分になり、今後の歩みに備えていくため、そろそろ奥多摩でのキャンプ奉仕も終わりにしなければいけないなと思わされている中での一言でした。このキャンプ場の働きを通して、育てられ、長期休暇はここで奉仕をし、喜びも悲しみも、失敗も挫折も、色々経験させてもらったこの場所から、僕は祈って送り出されているんだと強く感じることができました。
家族や小山教会、奉仕教会、そして、教団の方々だけでなく、僕がまた帰って行きたいと心から願う奥多摩という場所からも祈って、送り出されて、今の学びが許されています。心から喜んで、この祈りに押し出されて歩んで行きたいと思います。

【お祈りください】
・青葉台教会での奉仕と交わりのために
・今年度の神学校での学びのために。特にヘブライ語の習得のためにお祈りください。(動詞の変化を覚えるのに苦戦中!)
・新居での生活のために。
・健康が守られるように。

2012年11月4日