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説教#209:「神の子が見捨てられた理由」

「神の子が見捨てられた理由」 聖書 イザヤ書 52:13−53:12、マルコによる福音書 14:43−50 2018年 3月 25日 礼拝、小岩教会 イエスさまの弟子のひとりである、イスカリオテのユダは、 ユダヤの祭司長たちとの間に、ある約束をしていました。 それは、イエスさまを彼らに引き渡す代わりに、 お金を受け取るというものでした。 祭司長たちや律法学者たちは、 イエスさまを捕らえて殺そうと考えていたため、 喜んで、ユダのこの提案に乗ることにしました。 祭司長たちとの間に、このような約束をしてから、ユダは、 イエスさまを彼らに引き渡すタイミングを見計らっていました。 過越祭のお祝いの食事を終えた後、 真夜中に、イエスさまは弟子たちを連れて、 ゲツセマネと呼ばれる場所に来て、そこで祈り始めました。 この時こそ、まさに、 イエスさまを祭司長たちに引き渡す、絶好の機会でした。 ですから、ユダは、イエスさまを捕らえて引き渡すために、 祭司長、律法学者、そして長老たちが遣わした群衆を イエスさまのもとに連れて来ました。 彼らのその手には、剣やこん棒といった武器が握られていました。 また、暗闇を照らすために、松明を持った者もいました。 想像してみると、なんと恐ろしい光景でしょうか。

説教#208:「しかし、み心のままに」

「しかし、み心のままに」 聖書 イザヤ書 50:4−9、マルコによる福音書 14:32−42 2018年 3月 18日 礼拝、小岩教会 こんなにもひどく恐れ、もだえ苦しむイエスさまの姿を 弟子たちは初めて見ました。 イエスさまは、その心に抱える苦しみや悲しみに 今にも押し潰されそうになりながら、 「わたしは死ぬばかりに悲しい」(マルコ14:34)と語り、 弟子たちの前で自らの弱さをさらけ出しました。 そして、弟子たちから少し離れたところで、 地にひれ伏して、イエスさまは祈り始めました。 ゲツセマネと呼ばれる園で、イエスさまはなぜ、 こんなにも苦しみや悲しみを抱えながら、祈られたのでしょうか。

説教#207:「『あなたがたより先に行く』と主は言われる」

「『あなたがたより先に行く』と主は言われる」 聖書 ゼカリヤ書 13:7-9、マルコによる福音書 14:26-31 2018年 3月 11日 礼拝、小岩教会 それは、「わたしを裏切ろうとしている者があなた方の中にいる」と、 「最後の晩餐」と呼ばれる、あの食事の席で、 イエスさまが弟子たちに告げたばかりのことでした。 食事を終えて、オリーブ山と呼ばれる、 エルサレムの東にある山へと向かうその途中で、 イエスさまは、弟子たちに向かって口を開きます。 「あなたがたは皆わたしにつまずく」(マルコ14:27)と。 イエスさまが弟子たちに告げたことは、 彼らにとって、大きな悲しみを覚える言葉でした。 裏切り者が仲間の中にいることを知っただけでも、 彼らは動揺しました。