しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2011年3月21日月曜日

4月から神学生です

今日、日本ナザレン神学校の入学試験を受けてきました。
結果は、無事に合格。
祈り支えてくださったみなさん、本当に感謝します。

今回、教会や支えてくださる方々への報告を目的として、新たにブログを立ち上げました。
少ない更新回数になってしまうかもしれませんが、
日々の出来事や学び、祈祷課題などをここで分かち合っていこうと思っています。

今日は献身の証(神学校に提出したものを訂正・加筆)を掲載します。
祈り支えてくださる方々に是非読んで欲しいと思っています。

                           

召命の証

直接献身を考え始めるきっかけとなった出来事がふたつあります。ひとつは、2007年の春、日本大学に入学したての頃でした。入学した頃から、音大に入ることを断念して経済学部に進学したこともあって、将来の進路について考えていました。そんな時、当時KGK(キリスト者学生会)の主事をしていた方に「学生時代に進路を考えるときに直接献身の召しについても祈っておくといいよ」と言われ、私はたまに献身のためにも祈るようになりました。

もうひとつのきっかけは、聖書通読を始めたことです。大学に入学するまで、私は聖書を読むことはとても苦手でした。両親がクリスチャンの家庭に生まれ、幼い頃から教会へ通っていた私にとって、これまで聖書を読むことは義務でしかありませんでした。しかしある日曜日の午後、私は急にマタイの福音書が読みたくなり、一気に読んでみたところ、聖書がとても面白いことに気付いたのです。自ら手を取り読み進めていくうちに、これまで教会で聞いてきたひとつひとつの話がひとつの話に繋がっていきました。まるで点がつながって線になっていくような感覚でした。
それから聖書通読を始め、理解が深まるにつれ、「聖書を学びに神学校へ行くのもいいな」と思うようになりました。しかし、当時は「牧師にはなりたくないから」という理由で諦めていたことを思い出します。

召しの御言葉が与えられたのは、それからすぐのことでした。2008年の夏に召しの御言葉としてヨハネ21:15-19が与えらました。それから私は自分自身の召しについて真剣に祈り求め、この召しを吟味するようになりました。
イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。(ヨハネの福音書21:17-18、新改訳聖書第三版)
この御言葉が与えられてから、直後のKGKの夏期学校で、私は進路の分科会に出ることにしました。その分科会で、「あなたが痛みを覚える場所に、神様は同じように痛みを覚えていて、そこにあなたを遣わされる」という言葉が語られたとき、「献身して神学校へ行きたい」という思いが起こされました。

私が痛みを覚える場所、それは教会でした。2008年の春期学校(KGK)で聞いたメッセージの中で、その痛みには気付かされていました。春期学校ではネヘミヤ記から講解説教がなされていて、その中で「あなたの再建する場所はどこか?」という問いを投げかけられました。そのとき、私は自分の内にある教会への痛みに気付かされました。それまで、所属教会で御言葉から説教が語られていないという事に対して何処か引っかかる部分がありましたが、それが自分にとって深い痛みとしてあるのだと気付かされました。(教会の問題について詳細にここに記すのは控えます。)

これらの事があった後も、私はすぐに直接献身を決断することはしませんでした。残り2年半という大学生活の中で、直接献身について吟味する時間が多く与えられていることに、きっと意味があるのだろうと思ったからです。
その吟味期間において、ひとつの試練が与えられました。それは、「教会の転会」という出来事でした。直接献身の召しについて悩んでいる中にいる私が直面したのは、やはり教会の問題でした。

ある日、家に帰ると母が「明日は違う教会に行く」と言うのです。それは、私が生まれてから20年間ずっと所属していた教会を離れる、ということを意味していました。母の言葉は、両親のひとつの決断でもありました。そして、その理由は明確でした。当時所属していた教会に様々な問題を見出し、特に両親はその中で葛藤をしていました。両親の苦しむ姿や御言葉から説教が語られていない現実に私も心を痛めていました。私は、大学卒業後は家を出るつもりだったので、家族と共に礼拝に出席出来る残り少ない期間を大切にしたいと思い、両親と共に教会を転会する決断をしました。
この出来事の背後に、両親の祈りとこのことを分かち合った友人たちの祈りとがあったことを心から感謝します。

それから、出席教会を小山教会へと変え、3ヶ月後の2008年12月に私は家族と共に小山教会に籍を移しました。小山教会での交わりの中で、私は教会を愛する者へと変えられていきました。自分の目に映る教会のあり方を変える前に、自分の内にある「教会に対する姿勢」がまず問われ、再建されていく必要があったのだと思います。

それから、私が献身の決意を固め、そしてそれをしようと思っていることを小山教会の総会で公にされたときに、喜んで送り出そうとしてくださっている教会員ひとりひとりの姿を見て、「あぁ、自分はこの教会から献身していいのだな」と思わされました。そして、召しを自分のものとして受け取るだけでなく、教会のものとしても受け取ることが出来ました。

しかし、この決意を固めたときに恐れが私の内に起こりました。2010年は教会役員として奉仕する機会を与えられたこともあり、その責任の重さやこの先の自分自身の歩みについて考えるとき、本当にこのままの自分で大丈夫なのかという不安でした。
このように恐れを覚えていた私でしたが、「なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。」(マタイ8:26)という御言葉が与えられました。この御言葉を通して、様々な恐れが私の内に起きたり、時に忍耐を強いられたり、不安を覚えたりしますが、「すべてのことを働かせて益としてくださる」(ローマ8:28) ただ神に信頼して歩めばいいのだという事に気付かされました。

そして、「わたしに従いなさい。」(ヨハネ21:19) と言われる主イエスからの召しに、私は喜びをもって応答したいと願っています。