モレノ#6:「召しを新たに」
教会月報『モレノ』( Mo nthly Re port of the church of the N azarene in O yama)に掲載した原稿をアップします。 『 召しを新たに 』(教会月報「モレノ」2011年9月号掲載) 7月30日(土)~8月8日(月)に山陰地区へ行って来ました。教会のみなさんの祈りに支えられ、無事に10日間の夏季派遣を乗り切ることができました。お祈り感謝します。今回は短く今回の夏季派遣の報告をさせて頂きます。 【自分にとっての「献身の証」】 夏季派遣が終ったからこそ書けることなのですが、正直言うと、今回の派遣はあまり乗り気ではありませんでした。というのは、献身の証( こちら に掲載しています)をする機会が多かったからです。 僕が自分自身の献身を話すとき、召しの御言葉(ヨハネ21:15-19)と共に、教会の転会について語ることを避けることはできません。20歳の時、生まれた頃から通っていた教会から小山教会へ転会しました。その事実は決して変わることがありません。そして、その事は僕の心の内に深く刻まれています。これまで献身の証をする機会が与えられ、その中で教会の転会の話をするたびに僕の心は痛みを感じていました。きっと、この痛みを訪れる教会で毎回感じる。それを思うと、初めて訪れる地、初めて訪れる教会、初めて会う人たちとの交わりを楽しみにしながらも、なかなか今回の夏季派遣に前向きな気持ちで臨む気にはなれませんでした。 7月29日、そのような思いを抱きながら、僕は夜行バスに乗り、山陰地区へと旅立ちました。 【はじめての礼拝説教】 夏季派遣では、礼拝説教の奉仕をさせて頂く機会が与えられました。そのため、説教箇所を決めてから、そのテキストと向き合う日々でした。選んだテキストはⅡコリント12:7-10。パウロは「とげ」を与えられ、そのとげを通して弱さの内に働くキリストの力に気付き、それゆえに自分の弱さを誇るという箇所です。夏季派遣中、このテキストと向き合い続けました。 僕にとっての「とげ」とは、もちろん、教会の転会でした。これが僕に痛みを与え続けていました。この「とげ」が与えられている理由は何なのだろうと、改めて考えなおす日々で...