しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2011年6月4日土曜日

神学生な日々#4:「古典に触れること」

最近、クラシックを聴く時間が増えてきました。
理由はいくつかありますが、何より大きいのは、無料で音源を手に入れることができること。
クラシック音楽の著作権が切れている音源が、アップロードされているwebサイトを見つけた(興味のある方は、こちらから)んです。
とりあえず、有名どころを落として、勉強の休憩時間や寝る前に聴いてる日々です。

気付かされるのは、古典に触れることの大切さ。
この曲はどういう背景を持っているのかな、とネットで調べてみると、
僕が普段聴く曲は、その曲が土台となって作られているなんてこともある。
いや、寧ろ、そういうものの積み重ねで今僕らが聴いている音楽は成り立っている。
ロック好きな僕が、プレスリーやビートルズ、ストーンズなどと出会ったように。
今を構成している要素を知るために、古典に触れていくことは意義深い。

どんな学問もそういう積み重ねで今が成り立っている。
だから、古典に触れろと言われるのだろう。
神学もそれと同じで、古典に触れることの大切さを思わされている。
キリスト教神学は、2000年もの歴史が積み重ねって今がある。
聖書の歴史も含めると、人類の歴史そのものを読み解くことになっていく。
神学をするということは、なんて深淵な作業なんだと驚かされます。
正直、3年じゃ足りない。
でも、3年ある。
焦らず、じっくり基礎を固めようと思う。

でも、授業がある学期中は、日々の課題をこなさなきゃいけないので、今、「ツン読」がどんどん増えているんです。
だから、自由に自分の読みたいものが読める夏期休暇が、今、とても待ち遠しい。