しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2011年8月26日金曜日

帰省と喜声

8月に予定していた奉仕が無事に終わり、先週末から水曜日まで実家に帰省していました。
久しぶりの我が家は、とてもリラックスできます。
でも、その反面、勉強はまったく手つかず。
神学校に帰ってきて、9月提出予定の宿題の量が思ってたより多くて、びっくりしました。
帰省期間を短めに予定しておいて助かりました。
これからがんばります。

そうそう、両親の支援もあり(感謝)、
帰省中に念願のMacBook Proを購入することができました。
作業のしやすさに驚いています。
ずっと気になっていたevernoteも導入し、
現在、日大合宿の説教準備中です。

さて、そろそろ9月です。
感謝なことに、9月はKGKでの説教奉仕が多く与えられました。
下記の予定です。お祈りください。

9月1-3日 日大KGK夏合宿
9月16-17日 中央線・多摩ブロック合同合宿

2011年8月21日日曜日

モレノ#6:「召しを新たに」

教会月報『モレノ』(Monthly Report of the church of the Nazarene in Oyama)に掲載した原稿をアップします。

                               

召しを新たに』(教会月報「モレノ」2011年9月号掲載)


7月30日(土)~8月8日(月)に山陰地区へ行って来ました。教会のみなさんの祈りに支えられ、無事に10日間の夏季派遣を乗り切ることができました。お祈り感謝します。今回は短く今回の夏季派遣の報告をさせて頂きます。

【自分にとっての「献身の証」】
夏季派遣が終ったからこそ書けることなのですが、正直言うと、今回の派遣はあまり乗り気ではありませんでした。というのは、献身の証(こちらに掲載しています)をする機会が多かったからです。
僕が自分自身の献身を話すとき、召しの御言葉(ヨハネ21:15-19)と共に、教会の転会について語ることを避けることはできません。20歳の時、生まれた頃から通っていた教会から小山教会へ転会しました。その事実は決して変わることがありません。そして、その事は僕の心の内に深く刻まれています。これまで献身の証をする機会が与えられ、その中で教会の転会の話をするたびに僕の心は痛みを感じていました。きっと、この痛みを訪れる教会で毎回感じる。それを思うと、初めて訪れる地、初めて訪れる教会、初めて会う人たちとの交わりを楽しみにしながらも、なかなか今回の夏季派遣に前向きな気持ちで臨む気にはなれませんでした。
7月29日、そのような思いを抱きながら、僕は夜行バスに乗り、山陰地区へと旅立ちました。

【はじめての礼拝説教】
夏季派遣では、礼拝説教の奉仕をさせて頂く機会が与えられました。そのため、説教箇所を決めてから、そのテキストと向き合う日々でした。選んだテキストはⅡコリント12:7-10。パウロは「とげ」を与えられ、そのとげを通して弱さの内に働くキリストの力に気付き、それゆえに自分の弱さを誇るという箇所です。夏季派遣中、このテキストと向き合い続けました。
僕にとっての「とげ」とは、もちろん、教会の転会でした。これが僕に痛みを与え続けていました。この「とげ」が与えられている理由は何なのだろうと、改めて考えなおす日々でした。

【召しを新たにされていく】
今回の夏季派遣は、4つの教会(出雲、松江、久村、米子)で献身の証、2つの教会(出雲南、木次)で証を交えた説教をする機会が与えられました。予想通り、僕は各教会で証をする度、胸が痛みました。「とげ」が今まで以上に深く突き刺さるのを感じました。しかし、証をする毎に、今抱いている痛みを前向きに捉えられるようになっていることにも気付かされました。自分の証の中に書かれている「あなたが痛みを覚える場所に、神様は同じように痛みを覚えていて、そこにあなたを遣わされる」という言葉から励ましを受けたのです。もちろん今も、そしてこれからも痛みは覚えるのでしょう。しかし、この痛みが教会に目を向けさせ、主に喜ばれる教会を建て上げよと僕の背中を押し続けています。主が愛されたように教会を愛せよ、と。御言葉と共に、主はこの「とげ」を通して、僕に語られていました。
このようにして、自分の献身の証と10日間の夏季派遣を通して、自分の召しを再確認し、その召しを新たにされました。「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ21:17)、「わたしに従いなさい。」(ヨハネ21:19)という主イエスの言葉を改めて受け取ることが出来ました。日々、自分に与えられている召しを確認しつつ、与えられている務めに喜びをもって励みたいと願います。
献身の証を語る機会が多く与えられていたことを心から感謝しています。主の支えと、教会のみなさんの祈りに感謝しつつ。

涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる。(詩編126:5,6)

2011年8月13日土曜日

説教#2:「痛みを伴う歩み」


「痛みを伴う歩み」
聖書 詩編126:5-6、Ⅱコリント12:7-10
日時 2011年8月7日(日)
場所 出雲南教会、木次教会


【はじめに:痛みを伴う歩み】
私たちは毎日、多くの「痛み」を抱えながら生きています。
それは、持病や怪我といった身体的な痛みかもしれません。
身体的な痛みは、私たちの生活に制限を与えます。
今まで出来たことを出来なくしたり、
それによって、諦めなければならないことが出てきたりするなど、
その痛みは、時に私たちの心とも関係してきます。
また、それは友人や家族など、周囲の人たちとの関わりの中で受けた傷による、この心の痛みかもしれません。
人それぞれ抱えている「痛み」は様々ですが、
多かれ少なかれ、確かに私たちの内に痛みというものはあります。
私たちは、ある程度の痛みは、受け入れることが出来るにしても、
それが積み重なってきたり、
予想外のタイミングや、想像以上の痛みだった場合、
困惑し、落胆してしまいます。
そして、次第に問いが生まれてきます。
一体、この痛みにはどのような意味があるのか。
なぜ私に、と。

【パウロの抱えた「痛み」】
今日、私たちに与えられたこの箇所で、著者パウロは「ひとつのとげが与」(12:7)えられたと語っています。
パウロに与えられたこの「とげ」とはどのようなものだったのでしょうか。
パウロのいう「とげ」が何なのかを私たちは正確に知ることは出来ません。
しかし、「身に一つのとげが」という言葉から、肉体的疾患を彼は患っていたと解釈することが出来ます。
実際、パウロに与えられたとげがどのようなものであったにせよ、
このとげが痛みを伴うものであったことは明白です。
彼はこのとげによって痛み苦しんでいました。
パウロは、この痛みにより、多くのストレスを抱えたことでしょう。
眠れぬ夜もあったかもしれません。
肉体の不自由さを覚え、自分自身に苛立ちを感じるときもあったかもしれません。
そして、何より、このとげによって与えられている痛みにより、
自分の宣教が妨げられている、制限されていると感じたかもしれません。
このとげが自分の宣教の枷となっている、と。
それを思うと、「これを私から去らせて」(12:8、新改訳)欲しいと願う、
パウロの三度の祈りの必死さが伝わってきます。
パウロのこの祈りは、十字架に架けられる前夜、イエスがゲツセマネで祈った、
「この杯をわたしから取りのけてください。
しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」(マルコ14:36)という三度の祈りを思い起こさせます。
キリストが取りのけて欲しいと神に願った杯、それは十字架でした。
本質的には、類似しているとは言い切れませんが、
パウロの祈りもイエスの祈りと同様に、本気の祈りでした。
自分の与えられた「とげ」について、神のみこころを求める真剣な祈りでした。

【「とげ」の与えられた理由】
では、パウロにはなぜ、この「とげ」が与えられたのでしょうか。
なぜ、彼は苦しまなければいけなかったのか。

この「とげ」はそもそも、「サタンから送られた使い」(12:7)が彼に与えたものだから、そこに意味を見出すことなど不可能なことなのでしょうか。
パウロがあまりにも大胆に福音を語るため、サタンが肉体のとげによって彼の働きを妨げようとしたのかもしれません。
しかし、旧新約聖書を通じて、サタンは神が許された以上のことをする力は持っていないことは明らかです。
ひとつ例を挙げるなら、イエス・キリストの十字架を挙げることができるでしょう。
キリストを十字架に架けたのは、私たちひとりひとりです。
私たちの罪ゆえにキリストは十字架に架けられました。
それとともに、サタンはユダに働きかけ、キリストが十字架に架かるように仕向けました。
神の子が死ねば(神の子が救うべき人間たちによって殺されれば)、人の救いなどありえず、
それは絶望でしかないかのように思えます。
しかし、サタンのこの行いは、キリストの贖いによって罪人を救うという神の目的に奉仕しました。
神の子が十字架上で死んだということは、
私たちひとりひとりの罪を赦すために、まったく罪のないイエス・キリストが私たちひとりひとりの罪をすべて背負って死なれたということを意味していました。
このようにして、サタンの力は神の目的に奉仕しているのです。

このことから、サタンがパウロを「とげ」を通して痛めつけたという出来事は、神が目的をもって許されたことだったと知ることができるでしょう。
そして、その理由をパウロは知っている。
この「とげ」によって与えられた痛みを通して、パウロは神の目的へと導かれたのです。
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(Ⅱコリント12:9)
パウロはこの痛みを通して、自分自身の弱さを思い知ったことでしょう。
自分の弱さに絶望する中で、神様がパウロに語られた言葉が、
「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中にこそ十分に発揮されるのだ」という言葉でした。
パウロは弱かった。
しかし、神の恵みは、パウロの肉体的疲労に対して十分でした。
彼はこの恵みのゆえに働き続けることが出来ました。
神の恵みは、肉体的・精神的苦痛に対して十分でした。
彼はこの恵みのゆえに、Ⅱコリント11:24以降に記されているような、迫害に屈することなく、宣教のわざに励むことが出来ました。
キリスト・イエスにある神の恵みが、パウロを覆っていたのです。
だから、彼は自分の弱さを誇ることを喜びました。
しかし、それは彼が弱さ自体を喜んだというわけではありません。
パウロが誇ったのは、彼自身の弱さにあって経験したキリストの力でした。
このとげは、パウロが自分自身の力から神の恵み、キリストの力へと目を向けることを可能にさせたのです。

【痛みに目を向けるとき】
パウロに与えられたとげは、自分の弱さを見つめると共に、
他のものにも目を向けさせました。
彼はキリストを拒み、福音に敵対するユダヤ人たちを見つめ、痛みを覚えていました。(ローマ9:2)
彼は、同胞であるユダヤ人たちの救いを切に願っていました。
待ち望んでいたはずのメシアであるキリストがこの世に来られたのに、
彼らはキリストを信じず、寧ろ、信じるキリスト教徒たちを迫害しました。
この事実が、彼の心を痛め、宣教へと導いていきました。

また同様に、異邦人たちに対しても痛みを覚えていました。
宣教旅行で赴く地において、彼が見た現実は悲惨なものでした。
異邦人の使徒として立てられた彼の見つめる先には、痛みがありました。
それは、彼を遣わした神が覚えておられる痛みでもありました。

そして、教会。
パウロは教会の不一致を見つめ、痛みを覚えました。
そこにある争い、裁き、不道徳などに直面しました。

パウロは、これらの痛みを隅に置いておくことはできず、
ユダヤ人たち、そして異邦人たちのもとへ行き、福音を伝えに行ったのです。
そして、教会に対しては多くの手紙を書き、機会が許されれば実際にその場所に足を運びました。

はじめに触れたように、私たちにも多くの痛みが与えられています。
「とげ」という言葉はギリシア語で「スコロプス」という言葉が使われています。
この言葉の元の意味が(地中に打ち込んで目印や支柱にする)「杭」を意味しているように、
このとげを通して与えられる痛みは、杭のように私たちの心を突き刺します。
なぜ、この心に突き刺さるのか。
それは、神様が私たち自身の弱さの内に働かれる、キリストの力を経験させたいからです。
そして、私たちが神様のみこころを求めて、この世界を見るとき、
神様ご自身が心を痛めておられるところに、痛みを覚えることがあります。
「ここに目を向けよ」と、主は私たちに果たすべき務めを教えるために、私たちの内に杭を打たれるのです。

【証】
私にとって、痛みを覚える場所は教会でした。
二十歳の時にそれまで通っていた教会から、小山教会に転会をしました。
以前通っていた教会について、ここで多くを語ることは控えたいと思いますが、
そこで多くの傷を負いました。
教会を変えたという事実は、ずっと変わらない事実として残ります。
常に私の内に、いわば杭のように突き刺さったままでいます。
この痛みが、私に教会とは何かという問いを与え続けています。
そして、直接献身の召しのみことばであるヨハネ21:15-18の言葉と出会ったとき、悩みを覚えながらも、その召しを受け取る者へとされていきました。

【痛みを担い合う共同体】
私たちには主から与えられている務めがそれぞれあります。
そして、その務めの中で、それぞれ痛みを抱えながら生きています。
私たちがこの痛みと向き合うとき、弱さとも直面します。
この弱さの中に、確かに神の恵みが働くことを信じ、日々の務めを果たしていきましょう。
その務めとは、祈りかもしれません。
具体的な働きかもしれません。
そして、それは時に辛く、過酷なものかもしれません。
時に、一人では担いきれないと思えるようなものかもしれません。
そのようなとき、「いいから、やれ」とは神様は言われません。
この痛みを伴う歩みにおいて、
私たちはひとりで歩めとは言われていません。
キリストが私たちと共に痛みを担い、弱い私たちに力を与えてくださいます。(12:10でパウロは力強く宣言している。)
そして、私たちには痛みを共に担い合う事ができる、教会という共同体があります。
祈りによって支え合い、慰め合い、愛し合う共同体です。
この共同体に支えられ、慰められ、私たちはこの世へと出て行きましょう。
痛みによって、私たちは多くの涙を流すことでしょう。
しかし、やがて「束ねた穂を背負い、喜びのうたを歌いながら帰ってくる」(詩編126:6)時が訪れると信じつつ、共に歩み続けていきましょう。

2011年8月11日木曜日

ティーンズキャンプへ行ってきます

先日、無事に夏季派遣を終え、帰ってきました。
2日ゆっくり休み、今日から3日間、ナザレンのティーンズキャンプ(関東地区)に参加してきます。
ギターと賛美リード、証の奉仕予定です。
参加する中高生たちの信仰の成長のためにお祈り頂けたら幸いです。

2011年8月10日水曜日

説教#1:「キリストにある平安を抱いて」

説教原稿を掲載します。
ひとりでも多くの方に福音が届けられるように用いられたら幸いです。

                               

「キリストにある平安を抱いて」こちらで説教が聞けます)
聖書 詩編4:1-9、マタイ8:23-27
日時 2011年8月6日(土)
場所 木次教会 家庭集会

【はじめに:恐れを抱きながら】
私たちは生きる上で、様々な恐怖を抱きます。
幼い頃は、暗闇を恐れました。
夜中、家の中をひとりで歩くのが怖いと思った経験を、恐らく誰もが持っているかと思います。
時が経ち、少しずつ大人になっていくと、私たちは将来のことで悩みだし、ときに恐れを抱きます。
先の見えない、不確かな将来に対する恐れです。
また、人を恐れます。
それは学校の友人、会社の上司、バイト先の同僚、近所のあの人など、
人付き合いの中で、恐怖を覚える時もあります。
そして、未知への遭遇。
テレビや新聞を騒がす大事件、大震災、
そして、死。
私たちが意識するにしても、しないにしても、
私たちに恐れを与えるものはとても多くあります。

【キリストに従った弟子たち】
今日、私たちに与えられたこの箇所では、イエス様の弟子たちが「恐れを抱いた」ということが記されています。

彼らは、イエス様のあとに従って、舟に乗りました。
23節にある、「従った」という言葉は、キリストの後ろを「あちこちついて行く」という意味と、キリストの「弟子である」というふたつの意味があります。
この物語は弟子たちがキリストに「従う」ということから始まりました。
弟子たちにとって、舟に乗ることも「従う」ことでした。
この「舟」という言葉は、弟子たちの群れ、つまり、キリストの教会の象徴として使われる言葉でもあります。
キリストに従い、信仰を持った者たちが舟に乗った。
そのような意味で、この弟子たちの姿を、キリストを信じる私たちと重ね合わせて見ることが出来ます。

【嵐の中で死を見つめる】
舟に乗り込んだ弟子たちは、突然の嵐に襲われます。
このように困難は突然私たちに襲いかかってくるのです。
キリストを信じたから、その後は困難などない、ということはありえません。
私たちは以前と同様に、喜びの時も苦しみの時も経験します。
そして、依然として、私たちは恐怖を覚えます。
嵐という言葉は、本来「震動」と訳すべき言葉で、海が激しく動いたことを意味しています。
波は荒れ、舟を大きく揺らしたということでしょう。
この荒れ狂う波が、弟子たちを脅かしました。
弟子たちは恐怖を覚えます。
弟子たちは次第に、この舟は大丈夫なのだろうか、と心配し出したことでしょう。
この波によって、舟が沈んでしまうかもしれない。
あまりにも激しい嵐のため、舟は壊され、
荒れ狂うこの湖に、自分たちは投げ出されてしまうかもしれない。
舟から投げ出されてしまったら、自分たちは溺れ死んでしまう。
彼らは自分たちの死を見つめました。
死を見つめ、恐れを抱きました。

【主よ、助けてください】
しかし、そこに主イエスはおられた。
弟子たちはそれに気付き、近寄って、
眠っておられる彼を起こし、言いました。
「主よ、助けてください」、と。

これは弟子たちの信仰の言葉です。
弟子たちは知っていました。
主イエスの力を。
主イエス・キリストの父である、全能の神の力を。
詩編89篇9,10節では、こううたわれています。
万軍の神、主よ/誰があなたのような威力を持つでしょう。主よ、あなたの真実は/あなたを取り囲んでいます。あなたは誇り高い海を支配し/波が高く起これば、それを静められます。(詩編89:9,10)
そして、彼は自然を治めただけではありませんでした。
この「死」の問題も解決されました。
それは、十字架によってです。
キリストが私たち一人ひとりの罪を背負い、十字架に架かってくださったことにより、私たちの罪は赦されたのです。
「罪が支払う報酬は死です。」(ローマ6:23)
しかし、その死からの完全な勝利が、キリストの十字架を通して、宣言されているのです。
「神の賜物は、わたしたちの主イエス・キリストによる永遠の命なのです。」(ローマ6:23)

それゆえ、キリストの恵みのわざを喜び、
神の力を知り、神に依り頼む生き方をした、世々の信仰者たちは、
困難に直面した時、確信をもってこう祈ったのです。
「主よ、助けてください」、と。
神が私を絶望の淵から贖い出してくださるはずだという確信です。

「呼び求めるわたしに答えてください/わたしの正しさを認めてくださる神よ。苦難から解き放ってください/憐れんで、祈りを聞いてください。」(詩編4:2)

【なぜ怖がるのか 信仰の薄い者たちよ】
しかし、それと同時に、この言葉は不信仰の言葉でもあります。
彼らはイエス様の力を、神の力を知っていました。
もちろん、信頼もしていました。
しかし、彼らは主イエスが共におられるのを忘れ、
目の前の嵐に恐れ戸惑ってしまいました。
彼らは死の恐怖に晒されているこのような状況下においても、
イエス様の力を信頼することができませんでした。
実際、私たちも目の前の現実にある困難に対して、恐れを覚えてしまうことが数多くあります。
そんな私たちに、主イエスの「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」という言葉が突き刺さります。
しかし、イエス様は、私たちのこの小さな信仰を責めるために、こう言われたのではありません。
この言葉には、愛が満ちあふれています。
なぜ、怖がるのか。
なぜ、恐れるのか。
わたしが共にいるではないか。
怖がることはない。
恐れることはない。
私たちに注がれる、主イエスの優しいまなざしと、この愛に満ちた言葉に、
小さな信仰しか持ち合わせない私たちは多くの慰めを受けるのです。
そして、また主への信頼を新たにされ、
確信と希望を持って、「主よ、助けてください」と願うように変えられていくのです。

【証】
私にとって、突然の嵐とは、20歳の冬に経験した教会の転会でした。
ある日、母が「明日、違う教会に行こう」と言い出したのです。
それは、20年間通っていた教会から離れるということを意味していました。
私の両親は教会の交わりで多くの傷を受けながらも、その教会へ行き続けました。
それは、幼かった私や2歳下の妹が、教会を転々とする親の姿を見て、
不信感を抱くことがないように、ひとつの教会に留まるという両親の信仰の決断でした。
私自身、いつからそれを思い出したかは覚えていませんが、
その教会で講壇から語られる言葉が、本当に御言葉に基づいているものなのか、という疑問をずっと持ち続けていました。

しかし、このことは、私にとって「教会とは何か」ということを考えさせる大きなきっかけとなりました。
この嵐の中、主は私と共にいてくださいました。
クリスチャンの友人の祈りに支えられ、この時を乗り越えることができました。
教会とは何か。
小山教会の交わりの中で、それを教えられ、多くの慰めを受けました。

教会を移ったその少し前に、私は召命のみことばであるヨハネ21:15-18の言葉を受け取ります。
教会の転会があったりするなど、悩みの中で決断し、今に至ります。

献身を決断したその直後、私は恐れに駆られました。
それは、本当にこのまま歩み続けても大丈夫なのだろうか。
自分は、伝道者として、牧師として本当にやっていけるのだろうか。
という不安でした。
しかし、主は言われた。
「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」
神様に信頼しきれていなかった自分に気付かされました。
私があなたを召したのだ。信頼せよと言われる主の声でした。
この言葉によって、私はこの心に平安を与えられました。

【イエスは眠っておられた】
「いったい、この方はどういう方なのだろう。」
主イエスが風と湖とを叱り、嵐を静める姿を目の当たりにした人々のうちに、このような問いが与えられました。
それは、聖書の読者である私たちが抱く問いでもあります。
イエス・キリスト、彼はいったいどういうお方なのか。

この箇所が語るイエス様の姿は、自然を治める権威を持っていることに目が行きがちです。
そしてもうひとつ、私たちの興味を引く、記述があります。
「イエスは眠っておられた」という言葉です。
イエス様は、舟で寝ておられました。
なぜ、寝ていたのだろうか。
これは私たちにとって、大きな疑問に感じます。
イエスは眠っていたのです。
まるで、嵐のない平穏な、いつもの湖の上で舟に乗っているかのように。

きっと、イエス様にとって、嵐は嵐でなかったのだと思います。
嵐の中でさえも、主は平安を覚えておられる。
それも、眠れるほどに。
そして、私たちに平安を与えようと招かれておられるのです。
「なぜ、怖がるのか」、と。
主イエスが共におられるから、私たちは恐れを抱くような状況に置かれても、平安のうちに身を横たえることができるのです。
「平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。」(詩篇4:8、新改訳聖書第三版)
【キリストにある平安を抱いて】
キリストは今も、私たちの舟におられます。
彼は、私たちの教会のかしらとして、共におられる。
恐れおののく私たちの日常に、平安を与えていてくださる。
恐れを抱くとき、愛をもって「なぜ怖がるのか」と言ってくださる。
愛のまなざしで私たちを見つめ、言われる。
「わたしがあなたと共にいる」(創世記26:24)。
だから、「安心して行きなさい」(マルコ5:34)、と。
キリストにある平安を抱き、希望を携えて、
私たちはこの世へと出ていきましょう。

2011年8月6日土曜日

音楽と僕#3:「バンド」

2002年7月、生涯きっと忘れないであろう2つのことがありました。
ひとつは、キリストを自分の救い主として信じたこと。
毎年夏に参加していた、奥多摩の夏キャンプで、
僕は受洗を決心した。
キリストの十字架の贖いが、自分のためだって実感することができた。

そして、もうひとつ。
その夏のキャンプで出会ったSと、
帰りの電車でした会話をきっかけにバンドを組んだことだ。
(彼にとってもそうだと思うが、)
若干、ノリに任せた(笑)この会話がなかったら、僕は全く違う道を歩んでいたと思う。

S:「クリスチャンでバンドやりたいなー」
僕:「じゃぁ、やるか」

そう、たったこれだけの会話で僕らはバンドを組むことを決めた。
バンドへの憧れと、仲間と一緒に音楽をやれることへの期待で胸はいっぱいだった。

それからメンバーを集め、7年半このバンドは続く。
メンバーの入れ替えがあったけど、最後まで僕らふたりは一緒に演奏することを許された。
Sに言わせれば、僕らは正反対な性格で、一緒にやってこれたのは信じられない、とのこと。

shine(シャイン)。
僕らは自分たちのバンドにこう名付けた。
「光」であるキリストを宣べ伝えるんだ、と。

当時の僕は、「光」という言葉の持つその意味をあまり深く考えていなかった気がする。
クリスチャンは誰もが、福音の光を携えて、キリストを証する者として召されている。
しかし、牧者として、光を証する者になろうとなんて、この頃は考えもしなかった。
この頃を振り返ると、自分が今、献身者として歩んでいるのが不思議でならない。


2011年8月3日水曜日

僕にはひとつの夢がある。
いや、あったという方が正しいだろう。
なぜなら、この夏、その夢が早くも実現するからだ。

僕が抱いていたひとつの夢は、
この春卒業した日大KGKの合宿に講師として足を運ぶ事。
驚いたことに、色々アクシデントが重なった(らしい)ため、
僕のもとに講師依頼の電話が掛かってきた。

驚きと共に、喜び。
卒業してまもなく、こんなにも早く呼んでくれるなんて。

テーマは「祈り」。
正直、どこまで彼らの期待に応えることが出来るかわからないが、
誠実に準備して、当日臨みたいと思います。


*「牧師になったとき、日大KGKの合宿に講師と呼ばれること」に変更しようかな笑