しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。 - ヘブル人への手紙 11章16節

2011年4月5日火曜日

これから考えたいこと#1:「我慢と忍耐の違い」

先日、「健全な信仰をどう育てるか」(丸屋真也著)を読み終わったのだが、そこに我慢と忍耐について書いてあったのが印象的だった。
試練に対処する際の態度として、「我慢」は受動的で、「忍耐」は能動的な姿勢です。この違いは非常に大きなものです。そして、この「忍耐」というのは我慢と違って、一時的なものに終わらず、継続し、習慣化することで生まれるのです。
そう、我慢と忍耐は別物だ。
それらを混同しちゃいけないらしい。
でも、振り返ってみると、自分が「忍耐」と思っていた事が、「我慢」だったと気付いたりもする。

では、我慢と忍耐は具体的にどのような違いがあるのだろうか?
そこをもっと掘り下げ、自分の中で消化したいと思ってます。

*いくつになっても、わかってるようでわかってないことのが多い