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これから考えたいこと#2:「神学すること」

昨日の新約緒論の授業で、聖書批評学について学びました。 様式的批評学であったり、編集史批評学であったり、それぞれ興味深い研究方法だったのですが、 その中でM先生が言っていた言葉が印象的でした。 今の聖書学の問題は、神学者が大学の教授であること。彼らの研究は、教会やその信仰に全く反映されるものでなくなってしまっている。 僕らは学問としての神学の追求にいかに狂酔しやすいことか。 神学は、教会に仕えなければならない。 神学は、信仰をより豊かに養う助けであるべきだ。 この言葉を聞いたとき、奮い立たせられる思いでした。 僕自身、何を自分の専門として、これから深めていきたいか考えている途中なのだが、 やはり、これから僕が自分の内に築きあげていく神学が、 教会形成のためにあるようにと心から願っている。 教会に仕え、教会の信仰を養う助けとなる神学をすること。 (恐らく、すべての牧師に言えることだろうが、) それはこれからの僕にとってのライフワークだと思ってます。

これから考えたいこと#1:「我慢と忍耐の違い」

先日、 「健全な信仰をどう育てるか」(丸屋真也著) を読み終わったのだが、そこに我慢と忍耐について書いてあったのが印象的だった。 試練に対処する際の態度として、「我慢」は受動的で、「忍耐」は能動的な姿勢です。この違いは非常に大きなものです。そして、この「忍耐」というのは我慢と違って、一時的なものに終わらず、継続し、習慣化することで生まれるのです。 そう、我慢と忍耐は別物だ。 それらを混同しちゃいけないらしい。 でも、振り返ってみると、自分が「忍耐」と思っていた事が、「我慢」だったと気付いたりもする。 では、我慢と忍耐は具体的にどのような違いがあるのだろうか? そこをもっと掘り下げ、自分の中で消化したいと思ってます。 *いくつになっても、わかってるようでわかってないことのが多い